量子の渦糸を揺さぶると「らせん」が現れる

量子の渦糸を揺さぶると「らせん」が現れる

144年越しのブレークスルー

2025-1-13自然科学系
基礎工学研究科教授芦田昌明

概要

京都大学白眉センター/理学研究科の蓑輪陽介 特定准教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の安井裕貴 博士前期課程学生(研究当時)、 同 芦田昌明 教授、および大阪市立大学大学院理学研究科の中川朋 後期博士課程学生(研究当時)、アメリカ国立高磁場研究所/フロリダ州立大学の乾聡介 博士、大阪公立大学大学院理学研究科/南部陽一郎物理学研究所の坪田誠 教授から構成される研究グループは、極低温の超流動ヘリウム中の量子渦を「揺さぶる」ことで、渦の中心線(渦糸)が、らせん状に揺れ動く、ケルビン波と呼ばれる状態を初めて意図的に生み出すことに成功しました。また、ケルビン波のらせん状の3次元的な振動の様子を明らかにしました。さらに、このケルビン波の観測を通じて、量子渦の回転方向を実験的に確定する技術を確立しました。量子渦は、超流動ヘリウムの物理の根幹を担う重要な研究対象です。類似の構造は超伝導体中にも存在し、量子渦の理解は低温物理学における中心的課題の一つです。ケルビン波は、量子渦を理解する上で非常に重要であるにも関わらず、これまで実験的に研究するための手法が無く、その性質がよく調べられて来ませんでした。本研究により、144年前に理論的に提唱されたケルビン波を、量子渦という理想的な渦上で生み出すことに成功しました。今後、量子渦の実験的研究の大きな発展が期待されます。

本研究成果は、2025年1月13日に、国際学術誌「Nature Physics」にオンライン掲載されました。

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図. 本研究のイメージ図。渦の中心線がらせん状に変形している。渦の中心線に並ぶ微粒子を利用する。

研究の背景

私達の周りには風や川など、「何かの流れ」がたくさん存在しています。実は、これらの流れの多くには乱れた流れ、つまり「乱流」が見られることがわかっています。乱流は大小さまざまな渦の絡み合った状態とみなせることから、渦の性質を調べることが、流れの物理を理解することの鍵の一つであると考えられてきました。今回の研究の舞台でもある超流動ヘリウム中では、渦が量子的性質を持つため、

  • 渦が非常に細い
  • 渦が途中で途切れない
  • 強さ(循環)が、どの渦についても同一で、時間的にも変化しない

などの特徴を持ちます。このユニークな特徴により、量子渦は、渦の研究の理想的なプラットフォームとして期待されています。しかし、量子渦の実験的な研究にはまだまだ困難が多く、技術的制約を解決する必要があります。特に、量子渦の中心線がらせん状に波打つ、ケルビン波と呼ばれる状態については、理論的にある程度の研究が進み、量子渦の物理を理解するために非常に重要である事がわかっていましたが、実験的にケルビン波を生み出すための手法が存在せず、大きな障害となっていました。

ケルビン波は1880年に英国の大物理学者ケルビン卿が提唱した現象です。水などの古典流体においては膨大な研究がありますが、ケルビン卿の当初の発想が理想的な形で現れる量子流体中での実験的研究はあまり進んでいませんでした。

研究の内容

本研究では、レーザーアブレーションという、光を用いて微粒子を作製する技術によって、帯電した微粒子を用意できる、という点が大きなブレークスルーに繋がりました。これまでの研究で、超流動ヘリウム中に微粒子を大量に導入すると、その微粒子群が量子渦に捕らえられ、微粒子が量子渦の中心線上に整列することがわかっていました。つまり、量子渦と微粒子群が一体となって動く状態を用意できます。この中の一つの微粒子が帯電している状況で、外部から交流電場を加えることで、量子渦を周期的に揺さぶることが可能になりました。

また、揺さぶられた状態にある量子渦の様子を2方向から同時にカメラで撮影することで、その3次元的なダイナミクスを可視化することに成功しました。その結果、確かに量子渦の中心線がらせん的に振動する様子を確認し、ケルビン波が生成されていることを実証しました。

さらに、ケルビン波のらせんが右巻きであるか左巻きであるか、ケルビン波がどの方向に伝わっていくのか、といった情報を元にすると、量子渦の回転方向を確定できることも明らかにしました。従来、量子渦の回転方向を直接に観察することはできず、それを推定する実験的手法も存在しませんでした。本研究により、回転方向を確実に決定できる手法が確立できました。

波及効果、今後の予定

これまでの超流動ヘリウム中の量子渦の研究では、量子渦を単に観察する受動的な研究が主流でした。本研究により、積極的に量子渦を揺り動かし、その応答を3次元的に観察できる手法が確立したことから、量子渦の実験的研究、例えばケルビン波の減衰や複数の量子渦間の相互作用などの研究につながると期待されます。

特記事項

【論文情報】
タイトル:Direct excitation of Kelvin waves on quantized vortices(量子渦におけるケルビン波の直接励起)
著  者:Y. Minowa, Y. Yasui, T. Nakagawa, S. Inui, M. Tsubota, and M. Ashida
掲 載 誌:Nature Physics
DOI:10.1038/s41567-024-02720-9

本研究は、JSPS 科研費(22H05139, 23K03282, 23KJ1832, 23K03305)および JST さきがけ(JPMJPR1909)の支援を受けて実施されました。

用語説明

超流動ヘリウム

液体ヘリウム4を2.1 K(ケルビン)以下の温度に冷やすことで現れる量子力学的効果が顕著な液体。粘性は非常に小さく、熱伝導性が非常に高いなどの性質を持つ。

量子渦

超流動ヘリウムに代表される量子流体中に存在する渦。流れの循環が量子化されるために、その太さや存在領域は明確に定義可能で、通常の実験環境では1種類の量子渦しか存在しない。

渦糸

非常に細い渦のことを糸のように曲線で近似したもの。量子渦は渦糸でよく近似できる。

レーザーアブレーション

非常に強いレーザーパルス光を固体に照射することで、瞬間的に対象固体を溶融・蒸発・プラズマ化させることができる手法。溶融・蒸発・プラズマ化に伴い、表面から対象物質が飛び出し、急速に冷却されるため、大量の微粒子を生み出すことができる。